ブログ名を考えられない人のブログ

思いついたことを書いていきます

20歳の誕生日を迎えました

20歳になりました、ありがとうございます。

20歳になったのでこれまでの何があったのかをグダグダ書いていこうと思います。

 

20歳になって今の心境

20歳になりました、ありがとうございます。

20歳になったらお酒が飲めたり好きに契約を結んだりできるようになりましたが、年金の免除申請を通してあぁ責任が重くなったなぁなんて思っています。

実感はもう色々感じましたが、もうこれ以上歳をとりたくないです。

やっと人になれましたので、これからは投資とかいろいろなことをしてみたいですね、

誕生日プレゼントは車でお願いします。

toyota.jp

今までを振り返る

僕は今情報系の道に進んでいるわけですが、今のところそれで全く後悔していないです。実はこの道に来たいということは小学生の頃から決めていて、思った通りの人生を送れているわけなんです。これは親の育て方が非常にうまかったなと感じるところでもあります。(工学系と情報系で迷ってはいたけども)

なぜ情報系の道を選択したのか

僕は小さい頃からパソコンがあってインターネットがあるという家庭環境で育ちました。3歳の頃からアンパンマンのWEBサイトをみていたので、そうですね、2002年のお話です。そのため、小学校2年生の時点でローマ字を覚えて一人でネットサーフィンをしていました。(ポケモン大好きクラブ懐かしいなぁ・・・)小学校3年生の頃に母親が買ってきたタイピングソフトでよく遊んでいた記憶があります。ホラー系のやつで刺激は強かったけども、ゲームとして遊んでいました。

 

ゲームと我が家

我が家はゲームをする文化がなく、DS等のゲームはあまりやりませんでした。

周りがゲームを持っていたのが羨ましくて、それをみかねた母親が小学校3年生の頃に中古のゲームボーイアドバンスSPを買ってくれてとても嬉しかった記憶があります。

僕がゲームをやっていた最盛期は小学校3-5年の3年間で、小学校5年生の頃にDSiをサンタさんからもらいました。その頃はポケモンのプラチナ・ハートゴールドにはまっていました。Wiiも結局買ってもらえたのですが、WiiFit,スマブラX,太鼓の達人をやって終わりました。これ以降僕はDSやWii等のゲームとはほぼ無縁な生活を送っていきました。そのため今でもさほどゲームには興味なく暮らしています。(なので周りがモンハンなどやってるのを見て何やっているのか全く理解できなかった)

子供のわがままを聞いてゲームを買ってくれた両親には感謝しかないです。

ここで言いたかったことはゲームは僕の人生の選択において何も影響しなかったということです。あと感謝。

  

まず理工学に興味を抱いた

なぜ僕が理工学に興味を覚え結局理系に進んだ本当に根本的なことを言うと、幼稚園の頃におじいちゃんがラジカセの電池を交換していた時に「なぜ電池を入れる時は決まった向きに入れないのか」ということに純粋な疑問を抱いたことがきっかけです。これは今でも鮮明に覚えていて、これが原因でまず初めに理工系に非常に興味を抱くようになりました。なのでおじいちゃんがいなければ僕はそもそも理系に進んでいなかったかもしれません。

小学校に頃に抱いた大学への憧れ

早いことに小学校3年生の頃には大学すげぇ!大学かっこいい!綺麗!すごい!と思っていたんです。ただその大学っていうのは早稲田大学だったんですけどね。その原因の一つが早稲田大学ユニラブです。小学生を対象に実験教室やオープンキャンパスを行ってくれる夏休みのイベントです。母親は僕が理工系に興味を持っているということを理解していたので、母親に連れられて小学校2-4年生の3年間連続でユニラブに行きました。本当に、本当に楽しかったし、大学綺麗!すげぇ!ってずっと思っていました。この影響で中学校2年生まで早稲田大学行きたい!って思っていました。(逆にいうと大学を早稲田大学とか東京大学とかくらいしか知らなかった)

小さい頃から大学の雰囲気に触れることって非常に大切なんだなって思いました。自分の知らない世界が広がっている、将来そこに行ってみたい!

そう思えたのが幸運でした。実験教室ではライントレーサーを作ったりいろいろしたので、将来ロボットを作ったりしてみたいな!と思いました。

結局物作りが大好きになったのはこれが原因ですね。

 

www.waseda.jp

でも身近に感じられたのはパソコンだった

上記を通して理工系に進もうと小学校の頃から思っていました。

それと同時によくパソコンを使っていたので、小学校5年生の頃に「自分でパソコンのソフトって作れないのかな?」と思い始めました。手始めにC言語の本を図書館で借りてきてHello Wordのプログラムを入力してみました。 しかし、コンパイルの概念が全く理解できず、Hello Wordさえ表示できずに終わりました。

終わり。

 

中学受験がやってきた!

高校受験なるものがなくなるよ!との親の勧めで並木中等教育学校を受験することになります。おそらく小学校6年生の頃の方が大学受験よりも勉強していました。いや確実に。てことで小学校6年の時は他の人とも遊ばずひたすら勉強していました。まぁ受かったのでよかったんですけど・・・ 小学校の頃の友達にはもうそれ以来会ってませんね・・みんななにしてるんだろう。 音信不通です(そもそも連絡取ってないけど)

テニスとピアノと麻雀とパソコンをした中学時代

中学校1年の時は部活でビオラを弾いていたんですけど、飽きて中学校2-3で転部して硬式テニスをやっていました。(ビオラを購入してしまっていたため非常に申し訳なくいまでも思ってます・・・。)これが本当に楽しくて、スクールの体験に行ったりしました。(結局入らなかったけど)中学校3年生のころには高校受験がないことをいいことに毎日麻雀をやっていました。なおまだ点計算できません!

それと同時に、中学校二年生の頃にもう一回再チャレンジしてみようと思ってC++を独学で勉強することにしました。その頃に使った教材がこれです。 

 

この人の本って本当に分かりやすくて、とてもお勧めできます。ちなみにポインタあたりで飽きてやめてしまった・・・。

そしてその頃「まらしぃ」に憧れを抱くようになって余計ピアノを頑張って弾いていました。ハノン毎日練習していたな懐かしい。ドミファソラソファミレファソラシラソファ・・・。


「千本桜」を弾いてみた【ピアノ】


僕のピアノの最盛期(?)は多分ここらへんで、自分で動画撮ってニコ動に投稿してました。上手い下手は別として黒歴史なんですがこの際供養しておきます。

 

 

結局パソコンだけやり始めた高校時代

高校1年生の頃にWEBってどうやって作られているんだろう!とか思い始めてしまったのでWEBに手を出してホームページコンテストに応募したりし始めました。その頃使ってた教科書はこれです。非常に分かりやすくていいんですけど、今となってはちょっと古い本ですね。

演習で力がつく HTML/CSSコーディングの教科書

演習で力がつく HTML/CSSコーディングの教科書

 

 

この頃から友達の家にサーバーを建ててWEBページを共同開発したりし始めました。

何もわからなかったのでasp.net(C#)で動的なWEBページを作って遊んでいました。

これと並行して少し興味のあったOpenCV, OpenGLとかで遊びました。この頃の僕の動力源は「ニコニコ技術部」でした。僕も彼らみたいに面白いけどくだらないことをやりたい!!その一心でいろいろなものに手を出して行ったんです。ということでこの頃にいろいろなソフトウェアを作って遊んでいました。作ってたものはこちらに書いてあります。今ニコニコ技術部って衰退しちゃった気がするなぁかなしい・・・

以下は僕が作ったもの一覧です。

takonasu.net

 

実は3年間バンドを組んでいた

実は3年間バンドをやっていました。僕はキーボードを担当しました。これ本当にやってよかったなぁって思いました。音楽が大好きだし、いろいろな曲に巡り合えました。

WANIMAの「ともに」とかバンドでやりました本当に懐かしい。

でもキーボードがない曲ばかりやったので非常に大変でした。

大学に入ってこのキーボード眠っているので誰かバンド組みませんか!???

僕はムギちゃんになりたいです。

www.roland.com

さて大学受験だどうしよう

家庭の事情から私立(早稲田大学)を目指すのはやめて、東北大学電気情報物理工学科に行きたいと思っていました。というかなんとなく私立<国立だと思っていた節があります。

www.ecei.tohoku.ac.jp

ここなら情報系のこともできるし工学系のことも学べるから、情報系に行くか工学系に行くかで迷っていた自分にはちょうどいい!!!と思っていたからです。キャンパス綺麗だし。オープンキャンパスにも行って絶対に行きたい!!と思っていました。

しかし高校3年の4月に河合塾マナビスで受けた東北大学対策コースがあまりにも難しくて、本当に辛くなって進路を筑波大学情報科学類に変更しました。いや、早すぎだろって自分でも思ったけど、本当に辛かったしとりあえず国立に受かればいいや、近い大学、筑波大学、情報系できる。ここに受かれば全く問題ないOKです。と思い始めて筑波大学情報科学類を目指し始めます。これと同時に14年間やってきたピアノをやめました。

www.coins.tsukuba.ac.jp

私とTwitter

受験期ってなんでTwitterがこんなにも楽しくなるんでしょうね。TLを読みあさっていました。30分勉強して30分Twitterやるっていうことをずっとやってました、は?

その結果模試の成績も大変なことになっており、このままじゃ情報科学類にすら受からない状態になってしまいました。

推薦入試全振りで賭ける

夏休みに募集要項を見たら推薦入試なるものを知りました。ほう。

高校でまぁそこそこの成績を定期テストで取っていた自分としては用件を十分満たしていたので、受けてみることにしました。倍率を見たら1.8倍とか書いてあるからこれはいけるでしょ!wって思って申し込みました。並木中等はあまり推薦受けることにいい顔はしない感じですが受けさせてはくれます。校内選考もなかったので、受けたもん勝ちだなと思いました。 ただ、倍率1.8倍って聞いたらやる気がなくなってしまい、8月から推薦試験まで勉強に身が入らずずっとTwitterやっていたような気がします。なので一般入試で受かるわけもない学力になってしまったので推薦試験に全振りしました。危なすぎる。。。。落ちたら首都大学東京を受けようと心に決めました。

ちなみに試験当日の倍率は3.9倍だったので、確実に落ちたなと思いました。

賭けに勝った

結果として12月12日に合格が言い渡され、無事に筑波大学情報科学類に入学することができました。(この時ほどほっとしたことは)ないです。(断言)

そこから4月までは他学類の友達を作ることに専念しました。結果として僕はサークルにほとんど入っていないので友達を作っておいてよかったです、今でも仲良くさせてもらっています。(反感を買うかもしれないけど許してほしい)

 

まとめ

このような感じで進路選択は理系文系を含めてほとんど迷うことなく情報系に行き着く結果となりました。こうなったのは結局はもとを辿ればユニラブ等のおかげなので、親には感謝しかないです。あとおじいちゃん。おじいちゃんがいなかったらこの道にはいなかった。このことを先日おじいちゃんに口で伝えました。どうしても直接ありがとうって言いたかったので・・・

 

大学に入って

大学に入ってから20歳になるまでを書きます。あとちょっと許して・・・

大学に入ったら僕は絶対にテニスサークルと学園祭の実行委員をやろうと決めてました。パソコンカタカタやってるだけじゃなくて、テニスは大好きなので毎日やりたいとおもっていました。学園祭実行委員は高校の頃5年間文化祭実行委員をやっていたのでそのノリでやろうとおもっていたからです。

しかし現実は違いました!

テニスサークル⇨たくさんありすぎてどれがいいのかわからなくなってめんどくさくなってしまった。

学園祭実行委員⇨高校ではステージ系をやってたのでステージ管理局に入ろうとしたんですけどなぜか情報メディアシステム局に入りました。(???)

 

よって結局パソコンをカタカタするだけの人間になってしまいました・・・・なぜだ・・・ 

でも結果として情報メディアシステム局に入れて本当によかったです。

いろいろな知識を手に入れることができたし、普通じゃ経験できないインフラの管理をすることができました。そしてそれ以上にいろいろな人に巡り合えました。

 

おわりに

こんなグダグダした文章読んでくれてありがとうございます。

 

20歳になりました、ありがとうございます。